アクアリウムでは、熱帯魚に並び多くの甲殻類が飼育されます。最も一般的なのは、ミナミヌマエビやヤマトヌマエビなどコケ掃除をしてくれるエビの仲間ですが、ザリガニのような大型のエビ類も、そのカッコよさから人気があります。今回は、そんなザリガニの一種であるミステリークレイフィッシュについて解説します。
ミステリークレイフィッシュは、エビの仲間では唯一の、ある特殊な繁殖方法をとっています。その結果、非常に増えやすくペットにも向いているのですが、その反面殖えすぎて困る場合もあります。ミステリークレイフィッシュについてよく知っておき、適切な飼育準備をしておきましょう。
ミステリークレイフィッシュとは
和名・流通名 | ミステリークレイフィッシュ |
---|---|
学名 | Procambarus fallax forma virginalis |
英名 | Marbled crayfish |
分類 | エビ目アメリカザリガニ科アメリカザリガニ属 |
原産地 | アメリカ合衆国フロリダ州 |
飼い易さ | ★★★★☆ |
値段(1匹) | 500円程度~ |
最大体長 | 7~9cm程度 |
寿命 | 3年程度 |
遊泳層 | 底層 |
生息環境 | なし(飼育下のみ) |
適合する水質 | 水温:10~27℃ pH:7.0~7.5 |
特徴 | エビ目で唯一単為生殖を行う。身体には大理石のような模様が入るため、英語圏ではマーブルクレイフィッシュ(大理石ザリガニ)と呼ばれる。 |
ミステリークレイフィッシュ(英名:Marbled crayfish、マーブルクレイフィッシュ)は、エビ目アメリカザリガニ科アメリカザリガニ属に分類される甲殻類の仲間で、分類から分かるとおりザリガニの一種です。「クレイフィッシュ」というのがザリガニのことですから、「不思議なザリガニ」という意味の名前ですね。一体このザリガニの何が不思議だというのでしょうか。
その大きなヒントは、このミステリークレイフィッシュは全ての個体がメスで、オスが確認されていない、ということです。
これはつまり、ミステリークレイフィッシュが、オスがいなくても子どもを産むことが可能な「単為生殖」という方法で繁殖する生き物だということです。1匹だけで育てていたザリガニが、知らないうちに2匹、3匹と増えていくような「不思議な」ことがあってこの名前が付けられたのです。
たった1匹のメスからでも簡単に繁殖させられ、丈夫なため簡単な設備でも飼育できるなどの理由から、熱帯魚愛好家の間でも近年人気が高まっています。
形態
ミステリークレイフィッシュの体長は約7~9センチ程度で、身体の色・模様がともに大理石をイメージさせるため、英名ではマーブル(大理石)クレイフィッシュと呼ばれています。成長につれて体色は暗めに変化する傾向にあり、逆に稚ザリガニのころは比較的白いものが多いです。
分類から分かるように、アメリカザリガニの近縁種であり、色合いを除けば見た目もよく似ています。また、同じアメリカザリガニ属のスロウザリガニと非常に近縁であることが知られており、外見で見分けられるような差はないとされています。
生態と分類
上にも書いたとおり、メスだけで産卵して増えることができる、単為生殖という繁殖形態をとっています。前述のスロウザリガニが単為生殖するようになったものがミステリークレイフィッシュだという説が有力です。この考えに従った場合、スロウザリガニとミステリークレイフィッシュは同種と扱われます。
一方で、ミステリークレイフィッシュとスロウザリガニは交配することができないため、独立した別種にすべきとの意見もあり、分類はまだ固まりきっていないのが現状です。
エビ目(十脚目)で単為生殖を行う種類としては、現在知られている限りこのミステリークレイフィッシュが唯一の存在です。また、世界中の全てのミステリークレイフィッシュは、ある一匹の個体から発祥したと考えられています。
ミステリークレイフィッシュの分布・生息地・生息環境
ミステリークレイフィッシュはアメリカ合衆国のフロリダ周辺が原産とされていています。1990年代にドイツのペットショップで確認されて以降、世界各地のペットショップで取り扱われています。
参考クローンを作って激増したザリガニ、秘密は染色体 | ナショナルジオグラフィック日本版サイト
元々はペット・観賞用として飼育されていましたが、単為生殖で爆発的に増えることもあり、飼いきれなくなった人が自然界に放流する事例が相次いでいます。また、丈夫で生存率が高いため、定着してしまう恐れが十分にあります。飼育する場合は最後まで責任をもって飼う心づもりが必要です。
しかし残念なことに、ミステリークレイフィッシュは、現在既に世界中に生息地を広げてしまいました。例えば、ヨーロッパ各国では野生個体の存在が確認されており、他のザリガニと同じく主に用水路などに生息しています。アメリカザリガニよりも温暖な環境を好むため、日本の河川でも放流すると繁殖・定着してしまい、既存の生態系へ悪影響を及ぼす可能性もあります。
実際に、日本でも2007年に北海道で発見されるなど、多くはないですが野生個体が報告されています。この原因は飼育個体を放流した事だとされており、また、よく似たアメリカザリガニと見間違えてしまって報告されていないだけで、実際の生息数はもっと多いのではないか、という指摘もあります。
ミステリークレイフィッシュの飼育方法
ミステリークレイフィッシュの持つややネガティブな面も紹介しましたが、ペットとしては丈夫で殖えやすく、飼いやすい部類と言えます。殖えやすいという特徴を念頭に置き、殖えた稚ザリガニをどう扱うかは事前によく考えておいてから飼育を始めましょう。
基本的な飼い方
ミステリークレイフィッシュの基本的な飼い方は、アメリカザリガニとほぼ同じです。飼育ケースには、小型の水槽やプラスチックケースを用意しましょう。甲殻類は酸欠になりやすく、特に、水温が高くなる夏場は溶存酸素量が少なくなるため危険です。エアーポンプを用意してエアレーションを行うことで、ミステリークレイフィッシュの飼育に失敗する可能性はかなり減らせるため、エアーポンプはほぼ必須とも言える飼育用品です。
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また、どんな容器で飼育するとしても、ガラス板など蓋になるものを飼育容器の上に置きましょう。中型以上のエビ類を育てた経験がある人なら分かるかと思いますが、脱走や飛び出しで死んでしまう事故がよく発生します。フタをすることで、これらの事故を未然に防ぎましょう。
底砂には、ソイル系底床材よりも砂利などの砂礫系のものをおすすめします。次の項目でもう少し詳しく説明しますが、ミステリークレイフィッシュは弱酸性の水質より、ややアルカリ性寄りの水質を好むため、水質を弱酸性に傾けるソイルはあまり適していません。
水質
エビの仲間には、水草水槽で一般的な弱酸性の水質よりも、ややアルカリ性寄りの水質を好む種類が多くいます。ミステリークレイフィッシュもこの特徴を持っており、中性からpH7.5くらいまでの弱アルカリ性の水質が適します。
ザリガニを含むエビの仲間の身体は、カルシウムなどを多く含んでおり、極端な低pHの環境ではこれらの物質が水に溶けやすすぎるため成長が阻害されるのです。一方で、アルカリ性に寄りすぎても、毒性の強いアンモニアがイオン化せずに存在する割合が高まり、多くの生体にダメージを与えてしまいます。
水槽内の水質は、エサの食べ残しや排泄物などによって徐々に酸性に傾いていきますが、この際に水質調整剤などを利用して中性を維持しても、ちょっとしたはずみで簡単にバランスの崩れる不安定な水になりやすいです。1週間に一度、3分の1程度の水換えをきちんと行うのが最良の方法です。
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エサ
ミステリークレイフィッシュは他のザリガニの仲間と同様、雑食性です。何でもよく食べる(悪く言えば悪食)ため、エサに過剰に気を遣う必要はありません。100円ショップのザリガニ用の餌や半生タイプの餌(アカムシなど)をあげてもいいでしょう。
ただし、ササミや魚肉ソーセージなど人間の食べ物をエサとして与えるのは絶対にやめましょう。人間用の食品の中には、小さな生き物が食べると大きなダメージを受けてしまうものもありますし、水を汚しにくくする工夫もされていないため水質の急激な悪化が懸念されます。
エサに迷った場合は、ザリガニ用に市販されている人工飼料を使っておけば、まず問題は起こらないでしょう。
混泳
ミステリークレイフィッシュに限らず、ザリガニを飼育する際の基本は単独飼育です。雑食とは言え、ザリガニの仲間は肉食傾向が強めです。小型の熱帯魚類やエビなどを捕食することがありますし、エサ不足のときなどは共食いもします。
アメリカザリガニなど、大きな甲殻類の中にはミナミヌマエビなどの小さなエビを餌として認識しないと言われている種類もいます。しかし、ミステリークレイフィッシュは小型のザリガニであり、小型のエビなどをエサと認識して捕食してしまう可能性があるので、混泳は避けるのが無難でしょう。
また、カメや大型の魚との混泳でも、ハサミで怪我をさせてしまったり、逆にザリガニが食べられてしまったりと、トラブルが発生する可能性が高いのでおすすめしません。混泳の相手として、エンゼルフィッシュなどが挙げられる場合もありますが、こういった熱帯魚は、ミステリークレイフィッシュをつついたり追い回したりしてストレスを与えるため、やはり単体で飼うのをおすすめします。
混泳が上手くいく可能性がありそうなのは、上層域を主な生活領域とする魚で、なおかつ泳ぎの速い種類です。例えば、ゼブラダニオなどは、この条件を満足するので上手く混泳できる可能性があります。上層を泳ぐ魚でも、メダカなどは泳ぎが遅いため、食べられてしまう可能性が高いです。また、グッピーのように水槽の底で眠るタイプの熱帯魚も、就寝中に食べられる可能性が高くザリガニと同じ水槽で飼うことはできません。
上層魚とミステリークレイフィッシュを混泳させる際には、ある程度水深を深くしないと意味がありませんが、その際には上にも書いたとおり、ザリガニが酸欠にならないようにエアレーションをしてください。
ザリガニを飼育した事のある方は経験があると思いますが、ザリガニは警戒心の強い生き物です。混泳させる際には石や障害物などを水槽内に設置して、身を隠せる場所を作ってあげましょう。
体色変化とエサの関係
ミステリークレイフィッシュはすべての個体が同じ遺伝子を持っているため、遺伝的には体色の変化は発生しません。従って、体色の個体差は、エサなどの環境要因によって発生する後天的なものです。
ミステリークレイフィッシュは、本来は砂利のような灰色~赤茶系統の体色をしていますが、赤色の色素をエサから摂取できないと青~白系の体色に変化します。見た目的には綺麗な色合いですが、色素の欠乏は一種の栄養失調とも考えられており、色の薄い個体のほうが弱いという愛好家もいます。
また、前述の通り体色の変化は遺伝的なものではなく後天的なもののため、子どもには遺伝しません。
ミステリークレイフィッシュの繁殖方法
ミステリークレイフィッシュは、単為生殖という特殊な繁殖方法を採ることから、条件が揃うと次々に子どもを産み続け爆発的に増える場合があります。飼育を始める際には、稚ザリガニが生まれたらどうするかまで、よく考えておく必要がありますね。
抱卵する条件
単為生殖を行うことで知られるミステリークレイフィッシュは、性成熟を迎えると1匹でも繁殖します。性成熟までは概ね生後250日とされているため、8~9ヶ月程度で繁殖可能になるのが一般的ということです。
飼育方法によってはなかなか繁殖しないこともありますが、その場合は水槽内の水質(特にpH)を少し変化させると、刺激を受けて抱卵することがあります。具体的には、水換え時にピートなどを利用して作ったブラックウォーターを少し混ぜて、pHを意図的に少し下げてみるなどの方法があります。
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稚ザリガニの育て方
抱卵から1ヶ月程度経過すると、親が抱えていた卵から稚ザリガニが誕生します。稚ザリガニを親と一緒にしたまま飼育していると、親に食べられてしまうため、増やしたい場合は少なくとも親とは隔離して飼育するようにしましょう。
一度に生まれる稚ザリガニは、およそ数十~数百匹です。稚ザリガニ同士でも共食いが発生する場合もあるため、なるべく多くの個体を生き残らせたい場合は、稚ザリガニも一匹ずつ隔離飼育するのが望ましいです。この場合、飼育容器とその置き場を確保するのが大変ですが、100円均一ショップにある米びつケース(大きなタッパ)で個別飼育し、メタルラックなどに積み重ねて管理すると、狭いスペースで多数の稚ザリを飼育することが可能です。フタをカットしてエサを与えたり、エアーチューブを通したりできる穴を開けておくと、より管理が簡単になります。
現実的には、大量に稚ザリガニが生まれるために全部を育てるのは難しく、数十匹の稚ザリガニを一緒に飼育して、生き残った強い個体を育てるという方法が採用される場合も多いです。
ミステリークレイフィッシュの魅力
ミステリークレイフィッシュは鮮やかな体色と青白い大理石模様が美しく、観賞用としてとても人気のあるザリガニです。エサによって体色が変化しやすいため、色々な餌を与えて好みの色合いの個体を作り出すのも面白いでしょう。
また、単為生殖で簡単に増えるため、稚ザリガニの飼育もしてみたい人には特におすすめできます。ただし、思っている以上に多数の子どもが生まれるので、生まれた子どもをどうするかは、飼育を始める前によく考えておく必要があります。くれぐれも、近所の川に放すなど、日本に生息していない生き物を野生環境に解き放つような行為は避けましょう。
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