亀と言えば甲羅!というくらい、甲羅は亀のアイデンティティを構成する重要な要素です。しかし、甲羅の各部の正確な名前や、どんな構造になっているのか、種類ごとの形の差、カメの健康との関わりなど、細かい部分をよく知っている人は少ないのではないかと思います。
今回は亀の甲羅について、最新の研究なども参考にしながら、幅広い知識をまとめてみました。このページをしっかり読めば、亀の甲羅についてかなり詳しくなれるはずです。特に、亀を飼っている人にはぜひとも知っておいてほしい情報が盛り沢山です。
亀の甲羅の構造と各部の名称
まず最初に、亀の甲羅の構造と各部の名称を説明しておきます。これを知っておいたほうが、あとの説明が分かりやすくなるためです。当然ながら覚える必要はないので、適宜この解説を見返しながら読み進めてくださいね。
角質甲板
角質甲板は、亀の甲羅の一番外側にある鱗のような部分です。これは皮膚が変化したもので、脱皮によって周期的に新しい甲板に入れ替わります。脱皮の方法は種類によって異なり、少しずつ剥がれていくタイプと、甲板が一枚まるごととれるタイプがいます。身近な亀だと、アカミミガメは一枚まるごととれるタイプで脱皮がとてもわかり易いです。
骨甲板
角質甲板の下に存在する、甲羅の中でも骨が変化してできた部分です。後ほど詳しく説明しますが、骨甲板は肋骨が拡張・変形して進化した結果できたものとされています。
角質甲板にも骨甲板にも継ぎ目が存在しますが、その継ぎ目の場所は角質甲板と骨甲板でずれています。このような構造になっているのは、強度を上げるために有効なためと考えられています。
背甲
亀の甲羅のうち、背中側にある部分を背甲と呼びます。背甲は、下図右のように細分化されます。(東邦大学より画像を引用させていただいています。)
項甲板
背甲の頭部側先端にある甲板で、左右の縁甲板をつなぐ場所に位置しています。種類によってある場合、ない場合があり、亀の種を同定する際の重要なヒントになります。
椎甲板
図の①~⑤は、椎甲板を指しています。脊椎の上部に位置する甲板で5枚の亀が多いですが、ムツイタガメのように6枚の種類も存在します。
肋甲板
図の(1)~(4)は、肋骨の上部に位置する肋甲板を指します。椎甲板の左右に4個ずつある甲板です。
縁甲板
図の1~11は、背甲の外縁に位置する縁甲板を指します。縁甲板の尾側先端にある臀甲板は、第12縁甲板と呼んで縁甲板として扱う場合もあります。
上縁甲板
図には示されていませんが、ワニガメには肋甲板と縁甲板の間に「上縁甲板」と呼ばれる甲板があります。これは、亀の仲間の原始的な特徴を残しているためと考えられています。
臀甲板
縁甲板の尾側先端にあるのが、臀甲板です。亀の種類によって、左右の臀甲板が1枚に合体している場合があり、種の識別に役立ちます。
腹甲
亀の甲羅のうち、腹側にある部分を腹甲と呼びます。腹甲も背甲と同様に、下図左のように細分化されます。
喉甲板
腹甲の頭部側先端にある左右一対の甲板を喉甲板と呼びます。左右の喉甲板が1枚に合体している種もいます。
間喉甲板
図には示されていませんが、喉甲板の上部または間に、間喉甲板が存在する種類もいます。主に、ヨコクビガメやヘビクビガメといった曲頸類で見られるようです。
肩甲板
喉甲板の下、前肢の付け根に近い場所に位置する甲板です。
胸甲板
肩甲板の下、前肢のやや後ろ側に位置する甲板です。
腋下甲板
前肢の付け根、いわゆる腋に近い部分に位置する甲板です。
腹甲板
胸甲板の下、後肢のやや上側に位置する甲板です。
股甲板
腹甲板の下、後肢の付け根に近い部分に位置する甲板です。
鼠蹊甲板
縁甲板と腹甲板の間、後肢の付け根である鼠蹊部に位置する甲板です。
肛甲板
腹甲の尾側先端に位置する左右一対の甲板が肛甲板です。
亀の甲羅の種類
少なくとも現在生存している全ての種の亀は、甲羅を持っています。しかし一口に甲羅と言っても、その形や構造は種類ごとに大きな差があります。そこで、現生種の甲羅を形態的な特徴からいくつかのグループに分けてみました。
以下の分類は生物学的な根拠のあるものではなく、あくまでK-ki(K-ki@AquaTurtlium)が分かりやすさに基づいて分類しただけのものです。亀の甲羅にはこんなタイプのものもあるんだ、というイメージをつかむための参考にしてください。
ミズガメ型(扁平型)
一般的なミズガメ(水棲亀)の甲羅は、比較的盛り上がりが低く、扁平な形をしています。これは、水中で活動しやすいよう、水の抵抗が減るような進化をしてきたからだと考えられています。
一方で、ミズガメの中でもマレーハコガメなどのように、盛り上がった形の甲羅を持っている種類もいます。このような種類が存在するのは、甲羅を分厚くすることで同じ場所に生息するワニなどの捕食者に飲み込まれにくくなることが、生存に有利に働くためと考えられています。
リクガメ型(隆起型)
リクガメの甲羅は、ミズガメに比べると盛り上がりが高く、ドームのような形をしています。マレーハコガメの甲羅が盛り上がっていることも考慮すると、甲羅の盛り上がりが高いほうが捕食者に対する防御力は優れるが、移動などの行動に制約が生まれるということなのでしょう。陸上は大型の哺乳類などが多く水中に比べて危険で、かつ水の抵抗がなく甲羅が移動の邪魔になりにくいため、リクガメにはドーム状の隆起した甲羅を持っている種類が多いのだと予想されます。
リクガメにも例外的に、甲羅が扁平な種類も存在します。パンケーキガメ(パンケーキリクガメ)が代表的ですね。こういったリクガメは、甲羅を平べったく、軽くすることで、素早く岩のなどの隙間に隠れることを得意としています。
ハコガメ型
ハコガメの仲間などには、甲羅の一部が蝶番のような構造になっており、甲羅を可動させて隙間をふさぐ種類がいます。このような特徴は分類学的に離れた種類の間(例えば、ハコガメ属とアメリカハコガメ属は全く異なる系統です。)でも見られるため、複数の異なるグループの生物が、同じような特徴を持つように進化した「収斂進化」の例としても知られています。
また、ハコガメ属やアメリカハコガメ属は、腹甲の前方(胸甲板と腹甲板の間)のみに蝶番機構がありますが、ドロガメ属は後方にもう一箇所(腹甲板と股甲板の間)の合計2か所に蝶番があります。また、セオレガメ属の甲羅は腹甲ではなく背甲に蝶番がある構造になっており、この特徴的はセオレガメという和名や、 Hinge-back tortoiseという英名の語源にもなっています。
スッポン型
スッポンの仲間や世界最大の亀であるオサガメは、すべすべで柔らかい甲羅を持っています。これは、甲羅の表面にある皮膚が変化した硬質の甲板(角質甲板)が無く、骨が変化した骨甲板も退化しているためです。進化の過程で、軽量で水の抵抗が少ない甲羅のほうが有利だったため、このような特徴を持つ甲羅になったと考えられています。
ハラガケガメ型
水棲傾向が強く、ほとんど陸に上がらないタイプの亀では、他の亀に比べて腹甲がかなり小さくなる傾向があります。代表的な種類としては、ハラガケガメなどが挙げられますね。ハラガケガメという和名も、腹甲が小さく腹掛け(金太郎が着ているような胸部・腹部だけを覆う服)のように見えることからつけられています。
オスの甲羅
種類を問わずカメの仲間全般に見られる傾向として、オスの腹甲がへこんでいるという特徴があります。これは、多くの亀がオスがメスの背甲に覆いかぶさるようにして交尾することから、交尾時にオスがメスの背中から転がり落ちてしまわないようにするためのものだと考えられています。
亀の甲羅ができるまで:その進化の歴史
亀の甲羅がどのような進化を経て今の形になったのかは、長らく謎とされていました。しかし、近年の日本の理化学研究所などによる研究の成果で、その進化の過程が少しずつ明らかになってきています。
この項目では、亀の甲羅がどのように形成されてきたのか、その過程を簡単に説明します。参考となるウェブサイトなども紹介しておくので、興味のある人はより詳しく調べてみてくださいね。
亀の甲羅は皮膚ではなく肋骨が変化してできた
脊椎動物の中には、亀以外にも甲羅を持った生き物がいますが、これらの動物の甲羅は「皮骨」と呼ばれる、真皮(表皮と皮下組織の間の皮膚層)に発生する骨性の物質が変化してできた組織から構成されています。一方で、亀の甲羅は皮骨由来の成分を含まない、肋骨だけが変化してできたものであることが、2013年に理化学研究所の研究で明らかにされました。
参考胚発生過程と化石記録から解き明かされたカメの甲羅の初期進化 | 理化学研究所
この研究では、亀の胚を使って背甲の発生過程を観察し、皮骨が形成される真皮層の中ではなく、より深い層にある結合組織で肋骨が変化することによって背甲が形成される様子を確認しています。また、化石標本から、カメに近縁の海生爬虫類「シノサウロスファルギス」が、肋骨を拡張したカメに近い背甲を持っていたことも明らかにしています。
参考CGアニメーション:カメの甲羅はどこから来たか? 理化学研究所 多細胞システム形成研究センター(CDB)
肩甲骨が肋骨の内側にあるのは肋骨の伸び方が独特なだけ
亀の体で特徴的なのは、肋骨が変化した甲羅を持つために、肩甲骨が肋骨の内側に位置している点です。亀は脊椎動物の中でも羊膜類という仲間に分類されますが、このグループの亀以外の生き物では、肩甲骨は肋骨の外側に位置しているのです。
この亀に特異の形態的な特徴は、発生の過程で腹側の体壁が肩甲骨の下側に折り込まれることで、肩甲骨が肋骨の内側にあるように見かけの位置を買えた結果であるということが、同じく理化学研究所の研究グループによって明らかにされています。
参考カメが甲羅を作った独特の進化過程を解明 | 理化学研究所
つまり、亀に独特の肩甲骨と肋骨の位置関係は、劇的な変化で現れたものではなく、他の羊膜類と同じ発生の過程を経つつ、甲羅の形成に伴って見かけ上の位置を変えているだけ、ということのようです。
背甲よりも腹甲のほうが先に進化した
また、亀の進化の過程では、腹甲から先に発達し、後に背甲が発達したことが、イェール大学及びスミソニアン博物館の研究により明らかにされています。以下はイェール大学の研究者が公開している亀の甲羅の進化の歴史をまとめた動画です。
亀の甲羅ってこんな変化をしてきたんですね。なかなか興味をそそられる話です。
甲羅の外側に筋肉がない理由は謎
一方で、亀の甲羅に関してまだ分かっていないこともあります。例えば、亀の甲羅は骨なのになぜそれを覆う筋肉が形成されないのか、なぜカメの肋骨は背中側だけに広がるのかなどは依然として不明です。
今後の研究で、どのような理由があるか解明されていくことでしょう。理化学研究所を始めとした研究者の皆さんの活躍に期待しています。
甲羅と亀の生命・健康の関わり
ここまでで、亀の甲羅の種類や進化の過程を解説してきました。最後は、もう少し身近な「亀を飼育する際に甲羅に関して注意すべきこと」という観点で、いくつか知っておいて欲しいポイントをまとめます。
脱皮
上の方にも書きましたが、亀の甲羅は皮膚が変化して出来た角質甲板と、肋骨が変化した骨甲板から形成されます。角質甲板は皮膚のようなものなので、亀の甲羅は角質甲板が剥がれることで脱皮をします。
ただし、角質甲板の剥がれ方には種類による差があり、アカミミガメなどは角質甲板が一枚まるごときれいに剥がれますが、ニホンイシガメなどは少しずつめくれるように剥がれていきます。
怪我
甲羅の怪我は基本的には元通りには治癒しません。、外的な力が加わって甲羅が変形してしまった場合も同様です。時間をかけると少しずつ元の状態に近くはなっていきますが、完全にもとに戻るのはちょっとした傷程度です。
また、甲羅はある意味骨と皮膚を兼ねているので、甲羅が割れたりすると亀の内臓がむき出しになるという非常に危険な状態になります。亀を飼育する際にはくれぐれも、甲羅の怪我には注意し、高いところから落ちたりしないようにしてください。
病気
甲羅の病気には、水カビ病のような感染症や、カルシウム不足による軟化(くる病、MBD)などがあります。詳細についてはリンク先が詳しいので、ぜひそちらの記事を読んでみてください。
病気の場合は、一部の症状が甲羅に見えているだけで、体内ではもっと深刻な症状が出ている場合があります。安易に自家療法に走らず、爬虫類の治療実績のある動物病院をインターネットなどで探し、獣医師にみてもらうことをおすすめします。
甲ズレ
亀の中にはときどき、甲羅の位置関係がずれてしまっている個体がいます。簡単に言えば甲羅の先天的な奇形ですね。孵化前の卵がおかれた温度環境が原因だとも言われています。
甲ズレは亀の健康に影響を与える可能性は少なく、甲板の並びが左右対称でない程度の甲ズレであれば、まず大丈夫でしょう。甲羅が変形して内蔵に負担をかけるとか、甲羅の溝(シーム)が汚れやすくなって病気を発症しやすくなるとかの影響はあるかもしれませんが、私の知る限りでは甲ズレが原因で亀が状態を崩したという話は聞いたことがありません(甲ズレが原因と断定しにくいのもあると思いますが)。
ただし、美観的にはマイナス要素になるので、甲ズレ個体は比較的安く販売される傾向にあります。
多甲板
甲板の枚数が多いことを、多甲板と呼びます。甲ズレと同じく甲羅の先天的な奇形です。原因についても甲ズレと同じく、卵の管理温度にあると言われています。
甲板が多い個体は甲板の並びが崩れるので、必然的に甲ズレも併発します。ただし、美観を損ねるという観点を除けば、甲ズレと同じく多甲板が亀の健康に影響を与える程度は小さく、あまり大きなマイナス要素ではないと思います。
今回は亀の甲羅について、その構造や種類、進化の歴史、飼育時の注意点などを解説しました。亀を飼っている人でも、意外に知らないことが多かったのではないかと思います。特に亀の甲羅の成り立ちについては、今後の研究にも期待したいですね。