このブログにはこれまで、ニホンイシガメやアカミミガメの問題を中心に、野生動物の保護・保全や外来種問題について考えてもらうための記事をいくつか投稿してきました。これらの記事には、応援や叱責など多くの反響を頂いています。
ジャンル野生生物保全
この手の問題はやはり簡単ではなく、私もこのブログに自分の考えを書いてはいますが、本当にこれでいいのだろうか、と迷うこともあります。やはりフィールドワークを行ったり、最前線で研究されている方のお話を聞いたりして、経験・知識を深める必要があると常々思っていました。
そして先日、ついにその機会に恵まれ、イシガメの研究調査にボランティアとして参加することが出来ました。この経験を経て学んだことなどをまとめ、自分の経験・知識を記事にして残しておこうと思います。
ニホンイシガメの生息調査とその背景
今回私が参加させていただいたのは、ニホンイシガメの生息状況調査です。この調査の背景について簡単に説明します。
このブログでも何度も取り上げているように、ニホンイシガメなど日本の淡水性カメ類に関し、個体数の減少を危ぶむ声は多いです。環境省が発表している「両生類・爬虫類レッドリスト」でも、2012年にニホンイシガメの評価を従来の「情報不足」から「準絶滅危惧」へと格上げしていますし、ヤエヤマセマルハコガメやリュウキュウヤマガメは天然記念物に指定されています。
しかしその一方で、淡水性カメ類の定量的な生息状況調査はこれまで行われていません。これが何を意味するかと言うと、「学術的な観点からは、ニホンイシガメ等の減少を証明するデータは存在しない」という事になります。
正確なデータなしには、淡水性カメ類の保全を行おうとしても有効な対策を取れません。個体数減少の理由が分からないからです。すなわちニホンイシガメ等の保全を行うためには、早急に現在の生息状況を把握し、個体数変動の指針を定めることが必要です。
特に今回参加した調査では、継続的にイシガメ・クサガメの生息状況を調査し、淡水性カメ類に対して人的な環境変化(河川・用水路の護岸や道路の新設などの開発)や外来種の存在がどのような影響を与え、個体数減少を生じるのか明らかにし、その対策を立てることが目的とされています。
フィールドワークの流れ・様子
調査の背景を説明したところで、次は実際にどのような調査を行ったのか、その様子を紹介していきます。
調査地
調査地の様子は上の写真のような感じです。この小川は水田用水路で、夏場は水をせき止めて水位を上げ水田に水を送り、冬場は水位を下げて水田から水を抜くという伝統的な水位調節が行われています。もともとの土壌が砂系で脆く侵食されやすいのと、この水位調節によって用水路には横穴が多く出来ていて、イシガメは特に好んでこの横穴で冬を越します。
また、この場所ではもともとニホンイシガメとクサガメが共存しており、どちらかと言えばクサガメのほうが個体数が多いです。
近くを流れる本流はこのような感じでした。本流は水深が深く危険なため調査を行いませんでしたが、本流にも亀が生息しているそうです。
調査方法
今回の調査では、水位の低くなった冬場の用水路で素手による直接捕獲を行います。ちなみに夏に調査を行う場合は、水深が深いため罠を仕掛けて亀を捕獲するそうです。
胴長とビニール手袋を装着し、水に濡れないようにした上で、川底の土を手で掘り起こしたり、横穴に手を突っ込んだりして亀を探します。やってみると分かりますがかなり地道な作業です。
水温は約10℃とかなり冷たいですが、私が参加したときはたまたま天気が良かったのであまり辛くはありませんでした。それよりも天気が良すぎたせいで花粉が飛び散ったのか、花粉症のほうが辛かったです…。
ニホンイシガメ・クサガメの捕獲と測定
調査開始から十数分、なんと私が一番乗りで亀を発見しました。10cm弱程度のクサガメでした。その後もポツポツと亀の発見はありましたが、例年に比べると発見のペースはかなり遅めだったようです。そんなこんなで調査開始から3時間ほどが経過し、ついに念願のニホンイシガメが発見されました!
よく考えてみると、私が以前に野生のイシガメと出会ったのはもう15年以上前のことです。その頃とはイシガメの置かれた状況もだいぶ変わってしまったなあと思いながら、貴重な出会いを噛み締めました。
その後もイシガメ・クサガメが何匹か発見されましたが、結局最初の勢いから大きくは変化せず、例年に比べてかなり少ない発見数に終わりました。私も結局、最初のクサガメ1匹を見つけただけで終わってしまいました…。
しかし、1匹も見つけられなかった人も多かったため、これでも良いほうです。以前ウミガメの産卵調査に参加したときにも思いましたが、野生動物との出会いというのは中々想定通りには行かないですね。
捕獲後は、亀たちの甲長や体重、年齢などを測定して記録します。淡水性カメ類の生息状況調査という観点からは、この作業こそが重要なポイントですね。
スタッフとして参加された方の中には、これまで数千匹の亀を見てきたという人もおられましたが、その方は雌雄判別や年齢測定などの難しい作業でもかなり自信を持って判断を下していました。このあたりには、やはり観察量と経験の力を感じました。
生体だけでなく死体も調査
今回の目的は生息状況の調査なので、その対象は生体だけでなく死体にも及びます。例えば、例年に比べて死体の数が多ければ亀の生存を脅かす問題が起きたと推定される、というように、死体からも多くの情報を得ることができるからです。
発見された生体数が少なかった点からある程度想像できたことではありますが、今回の調査では死体の数が例年よりも多いという結果になってしまいました…。
この写真のように他の生物に捕食された跡が生々しく残った死骸も多く、野生環境の厳しさを感じずにはいられませんでした。ボランティア参加者の中には涙ぐんでいる方も…。
風化してバラバラになった亀の甲羅もありました。嬉しくない状況ではありますが、貴重なデータなのでしっかりと記録します。
捕獲個体をリリースして調査終了
調査で捕獲したニホンイシガメ・クサガメは、甲長や体重の測定後は元の川に放流します。今回は外来種の駆除が目的ではなく、淡水性カメ類の生息調査なのでクサガメもリリースです。
江戸時代以前に移入したとされるクサガメは、環境省の定義では外来種にならないためどう扱うか判断が別れる部分もあるというような内容は、研究者の方もおっしゃっていました。その一方で、全部駆除していたら冷凍庫がパンパンになってしまうという現実的な話も出ていました。
兎にも角にも、これで調査は終了です。今回捕獲した個体が無事成長し、何年か後に元気な姿を見せてくれると嬉しいですね。
フィールドワークで得た知識とノウハウ
調査中には雑談も交えながら亀に関するさまざまな話を聞かせてもらうことが出来ました。調査に直接関係ない話もありましたが、面白い内容のものが多かったのでここに五月雨式に書き出してみます。
亀の個体識別方法
亀の生息状況を調査する上で個体識別は必要不可欠です。一度識別した個体を再捕獲した場合、様々な情報を入手することができるからです。
亀の個体識別は、日本の淡水性カメ類では縁甲板と臀甲板に穴をあける方法が主流です。欧米では穴を開けるのではなく、甲羅のフチに切り欠きを入れるのが主流ですが、その方法だと自然にできた傷と見分けがつかない場合があるため穴をあけているそうです。
上のイラストのように甲板ごとに番号が振られていて、それを全て足し合わせるとその個体の識別番号になるという仕組みです(イラストは東洋大学のホームページからお借りしました)。そのため、結構な数の穴を空ける場合もあります。
フィールドでは、ホームセンターで売っているようなハンドドリルを使ってサクサクと穴を開けていました。実際に、個体識別のための穴をあけた後の様子が上の写真のような感じになります。
穴をあける時に血が出る個体もいて、研究者の方と「痛みはないのかな?」という話をしたりもしたんですが、冬場で代謝が鈍っていることもあり、無痛ではないだろうがあまり痛くないだろうとのことでした。確かに穴を開けられている亀はかなり大人しかったので、少なくとも激痛を感じるということはなさそうです。
ニホンイシガメの甲羅に産み付けられたヌマビルの卵
ニホンイシガメの背甲に汚れがついていると思ったら、ヌマビルの仲間の卵だと教えてもらいました(臀甲板すぐ上、椎甲板中央の濃い茶色の塊)。本当はヒルの種名まで教えてもらったんですが、忘れてしまいました…すみません…。
どうやら生物系の研究者の中では、寄生虫だけでかなり話が盛り上がることもあるそう。私は専門が生物ではないので分かりませんが、好きな人が多いんですかね?
クサガメの0歳幼体が見つかるのは非常に珍しい
今回の調査で見つけた個体の中で、一番小さく一番可愛らしかったのは、なんと言ってもクサガメの0歳個体です。ペットショップで売られているかのような個体と野生下で出会えるとは思ってもみませんでした。
クサガメは6~7月ごろに産卵し、2~3ヶ月後に幼体が孵化します。しかし孵化した幼体は地面には出ずにその場に留まり、翌春の4~5月頃に地面に出てくることが一般的です。イシガメの幼体のように、孵化してすぐの秋頃に地上に出てくるわけではないんですね。
従って、今回のような水辺の調査でクサガメの0歳個体に遭遇することはほとんどないそうです(水辺から離れた産卵穴の中にいるため)。調査を主導していた研究者の方も、20年調査を続けてきて初めてだとおっしゃっていました。思わぬ幸運に遭遇したようです。
クサガメの臭腺の場所
亀好きならクサガメが「草亀」ではなく「臭亀」であることはご存知と思いますが、その匂いを発する臭腺の場所まで知っている人はあまり多くないでしょう。私もクサガメを飼育したことはなかったので、臭腺がどこにあるかまでは知りませんでした。
調査の運営スタッフの方が、クサガメの臭腺の場所を教えてくれた時の写真が上です。亀の後肢を抑えている指先の白い甲羅の上に、ポツリと黒い点があるのがわかると思います。ここが臭腺だそうです。
私はてっきり臭腺は皮膚上にあるのだと思っていたんですが、甲羅に直接穴が空いていたんですね。亀の甲羅は骨が変化してできたものですから、骨にあいた穴から匂いを出しているということです。かなり独特の構造だと感じました。
死骸に学ぶ亀の骨格
その他にも、想定していなかったことですが死骸がたくさん見つかったため、見つけた死骸を使って解剖学的な知識を教えていただいたりもしました。
こちらの死骸では頭骨や肩甲骨が綺麗に残っていました。頭骨の横に並べてあるL字型に折れ曲がった骨が肩甲骨です。亀の体では、肩甲骨が甲羅の内側で腹甲と背甲間の突っ張り棒のような役割をしているそうです。
亀の背甲は肋骨が変化したものですから、亀の体では肋骨の内側に肩甲骨があることになります。これは他の脊椎動物と大きく異なる特徴です。子亀の発生時の、肩甲骨が形成される過程から、亀の進化の歴史が分かるというような話もしてもらい、非常に興味深かったです。
こちらはアカミミガメの白骨化した甲羅です。この写真を見ると、背甲中央の甲板部分(椎甲板)がとても小さく感じると思います。
実は、カメの骨格と甲版の形状は非常に似ていますが、その大きさには差があるそうです。上の写真でひび割れのようになっている部分が骨の継ぎ目、モールドのようになっているのが甲版の継ぎ目です。なんでこんな差が生まれたんでしょうね…不思議です。
調査の結果
調査で得られた詳細なデータは研究者の方のものなので、このブログにあまり細かいことは書けません。ここではオーバービュー程度のレベルで、今回の調査でわかったことを簡単にまとめたいと思います。
調査の流れや様子を紹介したところでも書きましたが、今回のニホンイシガメの調査では、全体として例年よりも生体の発見数が少なく、死骸の発見数が多いという傾向が見られました。その原因はまだまだ不明ですが、少し気になった点があります。
それは、上の写真にも見られる齧られた跡のある死骸や、生きていても尾切れなど欠損や怪我のある個体が目立ったことです。これは、この地域に生息する淡水性カメ類が、タヌキやアライグマなどに捕食されている可能性を示しています。
中でもアライグマはもともと日本に生息していない外来種であり、亀の個体数減少に影響を与えているのであれば深刻な問題であるといえます。外来種による生態系の破壊が起こっていることを意味するからです。
亀関連で外来種の話題になるといつもアカミミガメの話題になりますが、本当はアライグマなどのほうがよっぽど影響力が強いのかもしれません。アカミミガメは日本の淡水性カメ類の生活圏を奪い合う競合者ですが、アライグマは捕食者ですから、桁違いの危険性を持っていると考えられそうですね。
調査を通じて感じたこと・考えたこと
ここまでに書いたように、今回のニホンイシガメの保全調査では、日本の亀が置かれる厳しい現状を目のあたりにしました。上では特にアライグマを問題視しましたが、調査を通じて感じた問題点はそこだけに留まりません。
まず、亀が生息している用水路にとにかくゴミが多かったです。泥の中に潜む亀を手探りで探すのですが、「亀かな?」と思っても空き缶だったりビニール袋だったりと、ゴミばかりが見つかりました。ニホンイシガメの生息地には、きれいな清流のようなイメージを持つ人も多いと思いますが、それとはかけ離れた状態でした。
亀にあまり出会えなかったこともあり、ゴミ拾いしてたほうがマシなのでは、と思うほどです。もしも捕食者の問題がなかったとしても、このような生息環境の破壊が進めば、どちらにしろ亀の個体数は減ってしまうのではないかと思います。
また、亀の死骸がたくさん見つかる年とそうでない年があるのなら、捕食者が亀の生息域に移動してくる理由があるのかもしれません。例えばクマは、森でエサになるブナの実が乏しくなる年には、人里に降りてきやすいことが知られています(ワイルドライフ・マネジメント入門より)。
-
野生動物と人間の共生とは何か/ワイルドライフ・マネジメント入門
「生物多様性保全」という言葉、知ってはいても理解している人は少ないでしょう。今回は「ワイルドライフ・マネジメント入門」という野生動物を保全するための学問・野生動物管理学=ワイルドライフ・マネジメントの入門書を読み、理解したことをまとめます。
もしかすると亀の捕食者も、餌が不足したときにたまたま亀の生息する用水路にやってきたのかもしれません。そしてエサ不足の原因が、人の手による「捕食者の」生息環境の破壊だとしたら、ニホンイシガメの保全のために取れる対策は、より幅広いものになるかもしれませんね。
やや憶測めいた話もしてしまいましたが、色々なことを考えさせられた実りの多い調査活動に参加できたと感じています。今回の調査を通じて、ニホンイシガメなど、日本の淡水性カメ類の保全に少しでも対策を立てられることを期待しています。
機会があれば、今後もまたフィールドワークに参加していこうと思います!
やはりフィールドに出ると、普段とは違う発見があって楽しいですね。専門家のもとで調査活動に参加できたのも貴重な経験でした。今後もフィールドワークの重要性は忘れないようにしていきたいです。