アクアリウムで飼育される熱帯魚には色々な姿形のものがいますが、その中でもハチェットフィッシュはかなり独特の形態をしています。胸部が張り出したその姿は、一度目にしたら簡単には忘れられないほど印象深いものになるでしょう。
ハチェットフィッシュ(ハチェット)は、姿だけでなく生態も面白いです。水面付近を飛び回り、小さな羽虫などを食べて暮らしています。
今回は独特の姿と生態から、水槽のアクセントとしても魅力的な存在であるハチェットフィッシュについて、飼育方法や種類などを解説します。
ハチェットとは
和名・流通名 | ハチェットフィッシュ |
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学名 | Carnegiella sp. Gasteropelecus sp. Thoracocharax sp. |
英名 | Freshwater Hatchetfish |
分類 | カラシン目ガステロペレクス科 |
原産地 | 南米アマゾン川流域を中心とした地域 |
飼い易さ | ★★★☆☆ |
値段(1匹) | 400円程度~ |
最大体長 | 3~10cm程度(種類による) |
寿命 | 2~5年程度 |
遊泳層 | 上層 |
生息環境 | |
適合する水質 | 水温:20~28℃ pH:5.0~7.0 |
特徴 | 英語で「手斧」という意味の名前の由来にもなっている、薄くて胸部が弓状に張り出した体型が特徴的。ジャンプして水面付近を飛ぶ虫などを捕食する。 |
ハチェットフィッシュは、カラシン目ガステロペレクス科に分類される淡水魚の総称で、「ハチェット」と省略して呼ばれることも多いです。ハチェットフィッシュの原産地は南米地域であり、主な生息地はアマゾン川流域などです。ガステロペレクス科はさらに、ガステロペレクス属、トラコカラックス属、カルネギエラ属に細分化され、全て合わせると3属9種のハチェットが存在するとされています。
形態
ハチェットとは英語で「手斧」という意味です。体の幅は薄く、胸部は弓状に下側に張り出しており、全体を見ると斧のような体型をしています。翼のように長く伸びた胸ビレも特徴のひとつです。野生では水面付近を飛ぶ虫などを捕食しており、ジャンプしているうちにこのような体型になったと考えられています。
国内では、ガステロペレクス属のシルバーハチェット、カルネギエラ属のマーブルハチェット、グラスハチェット、マーサハチェット、トラコカラックス属のトラコカラックスハチェットなどがよく知られています。
ハチェットと名前のつく熱帯魚には、他にもエロンガータハチェット(別名:ナローハチェット)や、ハチェットバルブなどの中型カラシンがいますが、これらは形態が似ていることから「ハチェット」の名前がつけられているだけで、ガステロペレクス科に分類されるハチェットフィッシュとは別の分類に属する魚です。
生態と性格
ハチェットフィッシュの生態で最も特徴的なのは、トビウオのように水面付近を飛ぶことができるという点です。水面付近を飛ぶ虫を捕食する際や、ハチェットを捕食しようとする外敵から逃れる際に、この飛行能力は存分に発揮され、その飛距離は数メートルにも及ぶと言われます。
水面付近を飛ぶ際には、長い胸ビレを羽ばたかせると言われることもありますが、ハイスピードカメラを利用した研究((Wiest, F.C., 1995 – Journal of Zoology 236 (4): 571-592, The specialized locomotory apparatus of the freshwater hatchetfish family Gasteropelecidae))により、胸ビレは水中から飛び出すときに使われるだけで、空中では使われないことが分かっています。飛ぶというよりも強力なジャンプに近い飛行方法であり、ハチェットには「跳ぶ」という字の方が相応しいと言えるでしょう。
また、ハチェットフィッシュは水面付近の虫を食べるため上層を好んで泳ぎ、群泳性も強いです。上層を好む熱帯魚で群れを作りやすい種類は比較的珍しいため、水槽のアクセントにもなってくれます。
ハチェットは臆病で神経質な性格をしています。導入時にストレスをかけすぎると、弱って死んでしまうこともあるため注意が必要です。加えて、飛ぶことに適応して進化してきた魚であるため、人が通った時や電気をつけた時など、環境の急変に驚いて水槽から飛び出してしまうことが非常に多いです。飼育する際は必ず水槽に蓋をしておきましょう。
オス・メスの見分け方
ハチェットのオス・メスの判別は極めて困難です。抱卵した際、メスはオスよりも丸みを帯びた体型になります。
ハチェットの種類について
前述の通り、ハチェットフィッシュはカラシン目ガステロペレクス科に分類される淡水性熱帯魚の総称で、3属9種が知られています。ここでは、9種のハチェットフィッシュ全てについて、簡単に紹介します。
マーブルハチェット(Carnegiella strigata)
マーブルハチェットはカルネギエラ属に属するハチェットフィッシュで、体側のマーブル模様(大理石のような模様)が特徴的です。アクアショップでもよく販売されており、人気が高く流通量も多いです。最大体長は3~3.5cmほどとハチェットの中では小型の種類です。柄も特徴的で面白いですし、小型で飼いやすいけれども小さすぎないサイズ感なので、ハチェットを飼育するならこのマーブルハチェットをおすすめします。
マーブルハチェットの属するカルネギエラ属は、ハチェットフィッシュ全体の中でも小型のグループです。このグループは、カラシン目の特徴である脂ビレを持たないのが大きな特徴です。
グラスハチェット(Carnegiella myersi)
グラスハチェットはマーブルハチェットと同じカルネギエラ属に属し、体が透けているグラスカラーが特徴的です。最大体長は2.5cmほどで、ハチェットの中では最も小型の種類とされています。その小ささから、「ピグミー・ハチェット」の別名で呼ばれることもあります。
小柄な見た目の通り繊細な種類であり、水質変化に弱く、また、混泳魚にも追いかけられやすいため、飼育難易度は少し高めです。
マーサハチェット(Carnegiella marthae)
マーブルハチェット・グラスハチェットと同じくカルネギエラ属に属するマーサハチェットは、上から見ると胸ビレが黒くなる性質から、別名ブラックウィングハチェットとも呼ばれています。銀色のボディと腹部に沿うような黒いラインが特徴です。最大体長は4cm程度です。
ドワーフハチェット(Carnegiella schereri)
ドワーフハチェットはマーサハチェットの亜種とされていたこともあったようですが、現在では独立種とされています。4種のハチェットフィッシュが属するカルネギエラ属の中では、流通量が少なく日本ではあまり見かけることのない種類です。シェアラーハチェットという別名で呼ばれることもあります。最大体長は約2.5cm程度です。
シルバーハチェット(Gasteropelecus sternicla)
シルバーハチェットはハチェットの中でも比較的大型で、体長は最大で5cmほどになります。体側面の背中に近い部分に、尾びれまで一本の黒い線が伸びるのが特徴です。ただし、次に紹介するレヴィスハチェットも同様の線模様をもつため、しばしば混同されて販売されています。
後述のレヴィスハチェット、スポッテッドハチェットとともにガステロペレクス属を構成します。
レヴィスハチェット(Gasteropelecus levis)
レヴィスハチェットはシルバーハチェットによく似たガステロペレクス属のハチェットフィッシュで、シルバーハチェットと同じく体側面に尾びれまで伸びる一本の黒い線があります。ただし、状態にもよりますが線模様はあまり明瞭ではなく、線の周りにスポット模様が入るのが特徴です。
シルバーハチェットと混同された状態で輸入・販売されることも多いですが、レヴィスハチェットはシルバーハチェットよりも小型で最大でも3.5cm程度と言われています。大型個体は「ジャイアントスポッテッドハチェット」などの名前で販売される場合もありますが、こちらは後述のスポッテッドハチェットである可能性が高いです。
スポッテッドハチェット(Gasteropelecus maculatus)
スポッテッドハチェットは、上述のレヴィスハチェットと非常によく似た、体側面に一本の黒い線が入り、その周りに斑点模様があるハチェットです。ただし、レヴィスハチェットとは大きさで明確な差があり、レヴィスハチェットがせいぜい3cm程度なのに対し、スポッテッドハチェットの最大体長は6cmとも9cmとも言われます。
ハチェットの仲間は繁殖方法が確立しておらず、流通している個体の大部分が野生採取個体(ワイルド)であるため、基礎的なデータについても未解明な部分が多くあります。
トラコカラックスハチェット(Thoracocharax stellatus)
トラコカラックスハチェット、または単にトラコカラックスと呼ばれるこの魚は、入手できるハチェットの中では最も大きくなり、体長は最大で10cmほどにもなると言われています。名前の通り、ハチェットフィッシュの仲間の中では最も原始的なグループであるトラコカラックス属に分類され、模様はほぼ無地で、シンプルな銀色をしています。
ジャイアントハチェット(Thoracocharax securis)
ジャイアントハチェットは、トラコカラックスに近縁のハチェットフィッシュで、トラコカラックス同様に大型になる種類です。最大で9cm程度まで成長すると言われますが、アクアリウムでの飼育用に流通することはほとんどない、非常に珍しいハチェットです。
ジャンプ力が強く3メートル程度は飛べるそうです。
ハチェットの分布・生息地・生息環境
ブラジルやペルーなどアマゾン川中部を中心に生息しており、ベネズエラ、ガイアナ、フランス領ギアナの河川でも見られます。パラグアイ川流域で発見された例もあるようです。
野生ではほぼ100%の割合で虫や昆虫を捕食して生活しており、その大半は陸上の虫であることが知られています((Netto-Ferreira, Andre L., Miriam P. Albrecht, JorgeL. Nessimian and Erica P. Caramaschi , 2007 – Neotropical Ichthyology 5(1): p. 69-74, Feeding Habits of Thoracocharax stellatus (Characiformes: Gasteropelecidae) in the upper Rio Tocantins, Brazil)) 。
ハチェットの飼育方法
ハチェットは臆病な性格をしていますが、水温、水質などの適応範囲は比較的広いため、飼育しやすい種類です。
基本的な飼い方
ハチェットは飼育しやすい種ではありますが、導入時は水質に敏感で、死んでしまうことも多いため特に注意する必要があります。以下のページで紹介している「点滴法」で水合わせを行えば、導入時の水質変化によるショックをかなり減らすことが出来ます。
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生体導入!熱帯魚やエビの水合わせ&トリートメントの方法
熱帯魚やエビの水槽への導入を安全・慎重に行うための鍵になる「水合わせ」と「トリートメント」について解説します。水合わせは環境の変化で生体にダメージを与えないために、トリートメントは病気の蔓延を防ぐために、とても重要です。
また、アクアリウムで飼育される熱帯魚の中では、小型かつ泳ぎがあまり得意ではない種類なので、水流は弱めにしてやると良いでしょう。
水質
水温は20~28℃が好ましいです。ハチェットは白点病にかかりやすい魚なので、導入当初はやや高めの水温(20℃台後半)に設定しておき、病気のリスクを減らすのも有効です。
pHは5.0~7.0程度の弱酸性、硬度は低めに維持された軟水が適切です。上述のように導入時には神経質な一面もありますが、一度水質に慣らしてしまえば飼育は容易です。
エサ
野生環境では虫を捕食しているハチェットですが、人工飼料、冷凍飼料、活餌など、なんでも食べてくれます。水槽表面を漂っていることがほとんどなため、浮遊性の餌が望ましいです。また、口が小さく餌を食べるのが苦手なので、多めの餌を与えるように心がけましょう。
飛び出し事故に注意
ハチェットはその生態から、水槽から飛び出して死んでしまう「飛び出し事故」が非常に多いです。特に、夜の間に飛び出していて、朝起きてみると床に干からびた死体が転がっている、なんてことが多いので、水槽には必ずフタをするようにしましょう。
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蒸発・異物混入・飛出し事故を防ぐ!開閉式の水槽フタを自作
熱帯魚・エビの飛び出し事故や飼育水の蒸発、ゴミ等の混入を防ぐ水槽のフタの作り方を紹介します。可動式にする事で、エサやりや掃除などの水槽メンテナンスの際にも邪魔になりません。塩ビ板や蝶番等で簡単に自作できるのでお試しあれ!
フタは水槽の付属品を使っても良いですし、隙間を塞ぐためにこちらのページで紹介しているような方法で自作するのも良いでしょう。
混泳
大人しい性格のためほとんどの小型の魚と混泳できますが、活発に動き回る魚との混泳は避けた方が無難です。ハチェットと同様ごく小さく大人しい魚と組み合わせてあげるのが良いでしょう。臆病な性格のため、数匹(できれば5匹以上)のハチェットをまとめて導入すると水槽内で落ち着いて生活してくれます。
また、ハチェットは水面付近を生息エリアとしているため、餌やりの際に水面近くまで上がってくる種類と混泳させる場合は、浮き草などを導入し、隠れる場所を作ってあげると良いでしょう。ハチェットに与えるストレスを軽減させることができます。
ハチェットは餌を食べるのがあまり得意ではないので、多めの餌を与えた結果水槽に餌が残ってしまうことがあります。水槽の清掃などを行ってくれる、例えばコリドラスなどの種類を一緒に導入すると、水質を保つことができます。
アクアリウム水槽での役割
ハチェットフィッシュは水面に近いところを群れて泳ぐ性質を持っているので、中層・下層を生活エリアにする熱帯魚と混泳させる場合は特に水槽を華やかにしてくれるでしょう。また、大きめの水槽に半分ほどの水を入れ、蓋を閉めて飼育することで、ハチェットの特性でもある水面のジャンプを楽しむことができます。
ハチェットの繁殖方法
ハチェットの繁殖成功例は少なく、個人での繁殖は難しいようです。ショップで販売されているハチェットも養殖ではなく、原産地からの輸入がほとんどです。
しかし、このような野生採取個体(ワイルド個体)に頼った供給は、少なからず野生個体群の維持にダメージを与え、ハチェットという熱帯魚を絶滅の危機に追い込んでしまう可能性もあります。そうなってしまわないように、ハチェットを飼育するからには、繁殖方法を確立して飼育下繁殖個体の供給を可能にしてやる!くらいの意気込みがほしいですね。
難しいことではありますが、チャレンジなくして成功はありえません。一般的な観賞魚の繁殖のコツを書いておくので、参考にぜひともハチェットの繁殖にチャレンジしてください。
単種飼育をする
アクアリウムで飼育される観賞魚・熱帯魚を真剣に繁殖させたいなら、単種飼育がおすすめです。繁殖を狙う魚のみに絞った環境を整えることで、外敵等のストレス要因を減らし、繁殖の成功率が高まります。
できるだけ広い水槽で飼育する
当然ですが、狭い水槽よりも広い水槽のほうがストレスが少なく、飼育魚も繁殖しやすいです。水槽が広いということは、水槽内に様々な環境があるということですから、繁殖に適した環境を飼育魚が見つけやすくなる、という効果もあります。
また、広さを活かしてまとまった数の魚を飼育できるのも強みです。魚のオスメスの間にも相性が存在するため、飼育魚の数が多いほうが、ペアが成立して繁殖が成功する確率は高くなります。
産卵が確認できたら親を隔離する
一部の特殊な種類を除き、アクアリウムで飼育される肉食性または雑食性の熱帯魚のほとんどは、自分の子供であろうとなかろう、口に入る大きさの稚魚は食べてしまいます。
せっかく稚魚が生まれても、親魚が同じ水槽にいるとすぐに食べられてしまうため、卵が確認できた時点で親とは隔離しましょう。
水草は多めに茂らせる
水槽内に水草を多めに茂らせておけば、仮に卵を回収できなかったとしても、稚魚の生存確率を多少上げることが可能です。しかし、あくまでも親とは隔離するのが基本であることには注意しましょう。
水質変化を起こして繁殖を誘起させる
多くの魚は年中繁殖期というわけではなく、特定の季節にのみ繁殖します。水槽での飼育下にある魚に季節の変化を感じさせるためには、原産地の水質の周年変化を参考に、意図的に水槽の水質を変化させることが有効になる場合もあります。
特に、pH変動がトリガーになって繁殖を始める魚もいます。魚へのダメージには気を配りつつ、繁殖がうまくいかない場合にはこういった手段も試してみましょう。
ハチェットの魅力・おすすめポイント
ハチェットフィッシュは、斧のような独特の姿が可愛らしく、ペットとしての流通量も多い人気の熱帯魚です。水面を漂うような独特の泳ぎ方やジャンプの習性など、他の熱帯魚とは一味違った魅力を持っています。
飼育は難しくないですが、繁殖方法が確立されていないため、未知の領域を切り開く楽しさのある魚でもあります。ワイルド個体の流通が大半なため、安易に飼育するよりも、繁殖まで狙って真剣に飼育するような楽しみ方をしてほしい熱帯魚ですね。