こんばんはー。アクアリウムだけじゃなくて飛行機とか宇宙とかも大好きなK-ki(K-ki@AquaTurtlium)です。というよりむしろそっちが専門なんですよね。いつかその辺りのジャンルのサイトも解説したいなーと思っているんですが、中々時間がなくて思うように行きません。今年の目標はサイトリニューアルと新サイト開設なので、せめてどっちかくらいは達成したいところです。
さて、人間にとって未知の領域といえば、宇宙を思い浮かべるひとが多いと思いますが、実は地球上にも同じくらい未知な領域があります。ご察しの通り、それが深海です。
海洋の面積は約3億6106万km2であり、地球全体の表面積の約5億995万km2のおよそ70.8%を占めます。その中でも深さ3000~6000mのエリアが最も多く、海洋全体の約70%、地球の表面積の半分に相当します。一般的に200mよりも深い海は深海と呼ばれますから、地球上の多くの部分(約8割)を深海が占めているわけです。
それにも関わらず、主にその水圧のせいで探査は非常に難しいです。また、深海の深い部分まで潜ることの出来る潜水艇の数も少ないため、深海のほとんどの部分は未知の領域となっているのです。
今回紹介するのは、こんな分からないことだらけの深海の謎を解き明かすヒントを、日本が誇る大深度有人潜水調査船「しんかい6500」が発見したというニュースです。深海にあまり詳しくない人にも分かるよう、補足知識を加えながら解説します。
しんかい6500が海底のクジラの遺骸から41種の新種深海生物を発見
今回の記事の元ネタとなったニュースが話題になってから少し時間が経ってしまったので、やや時期を逃した感がありますが一応紹介しておきます。
- "しんかい6500、クジラの遺骸から新種の深海生物41種を発見 「飛び石仮説」解明に一歩"
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引用元
- 抜粋
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海洋研究開発機構(JAMSTEC)の研究グループが、2013年に有人潜水調査船「しんかい6500」がブラジル沖の深海で発見したクジラの遺骸に、少なくとも41種類の生物がすんでいることを確認した。ほとんどが新種である可能性が高いという。
2013年にサンパウロ大学などと共同で、ブラジル沖サンパウロ海嶺の水深4204メートルの海底を調査し、クロミンククジラの遺骸に群がる生物群を発見した。分析した結果、ゴカイやコシオリエビ、巻貝、ホネクイハナムシなど41種類以上が生息し、形態・遺伝子レベルの検査を進めたところ、ほとんどが新種と判明したという。
<-中略->
今回南大西洋で初となる有人潜水船調査で新たに発見した生物群は、北東太平洋カリフォルニア沖で見つかった別の生物群との類似点が多く、「(飛び石仮説の)全球的な広がりを強く支持するもの」だという。
<-後略->
記事中ではややぼかした表現となっていますが、海洋研究開発機構(JAMSTEC)によると、今回発見された41種は全てが「新種の可能性が高い」そうです。一気にこれだけの新種生物が見つかることは多くはないですから、日本が誇る「しんかい6500」の貴重な成果といえますね。
ただし、こと深海においては、調査が進んでおらず未発見の生物の数が多いため、今回のように新種生物がまとめて大量発見されることも時々あるようです。たとえば、最近では2015年の6月ごとにプエルトリコ海溝の深海で100種類以上の新種深海生物が発見されたという例もあります。こちらの動画でその様子が紹介されています。
生物学者にとっては、一度にこんなに大量の新種を発見できるなんてきっと夢みたいでしょうね。
発見された変わった深海生物たち
今回発見された41種の新種深海生物の中から、一部を紹介します(海洋研究開発機構のプレスリリースより引用)。やはり深海生物というだけあって、どれも独特の雰囲気を持っていますね。
海洋研究開発機構によれば、Aはイソギンチャクの1種、Bはシンカイコシオリエビ属の1種、Cは釣り餌などでも利用されるヨコエビ類のStephonyx属の1種、Dは巻貝の仲間であるRubyspira属に分類される1種、Eはクジラの死骸に群生することで知られるゴカイの仲間、ホネクイハナムシ属の1種、F、G、H、Iもゴカイ類に分類されます。
海洋研究開発機構によって公開されている、今回発見された深海生物の採取時の動画もあります。生きた姿を見たい方は、こちらの動画で確認してみてください。
QUELLE(クヴェレ)2013
今回の新種深海生物の大量発見は、2013年にJAMSTECが行った「QUELLE(クヴェレ)2013」という研究航海の成果です。QUELLE 2013は「Quest for Limit of Life, 2013」の略であり、生命の起源を探るための1年間に渡る世界周航研究航海でした。この時に発見した生物について、分類学的な検討を行った結果、今回の発表に繋がったということです。
しんかい6500とは
今回の発見を可能とした、日本が誇る大深度有人潜水調査船「しんかい6500」について、少し詳しく説明しておきます。
しんかい6500は、海洋研究開発機構が所有する大深度有人潜水調査船で、運用中の潜水調査船としては世界で2番目に深く潜ることが出来ます。同じく海洋研究開発機構が所有する支援母船「よこすか」とセットで運用され、深海生物の生態系や進化を解明するための研究のみならず、プレートやマントル、海底地形などに関する地質学的な調査や、海底堆積物の採取などのミッションを行います。
しんかい6500は1989年に、前身となる「しんかい2000」運用実績をもとに、三菱重工業神戸造船所で制作されました。1991年から調査潜航を行っており、潜航回数は2016年2月現在1450回を超えています。2012年3月には、モーターの換装、推進装置の変更、スラスタの追加などの大幅な改造を終え、操作性が大幅に向上しました。
深海という過酷な環境に耐えるしんかい6500は、一種の宇宙船のようなカッコよさを持っており、人気も高いです。調査用のアームなんかも男心をくすぐりますね。プラモデルなどとして販売されていますが、レゴブロック CUUSOOの第1弾として登場した「しんかい6500」はもともと5000円だったものが、プレミアが付いて現在では5万円を超える価格で販売されています。
鯨骨生物群集と飛び石仮説
JAMSTECとしんかい6500による、41種にものぼる今回の新種深海生物発見は、それ自体もすごいことですが、深海生物の分布に関する「飛び石仮説」を裏付ける材料としても学術的な価値があるとされています。ではこの飛び石仮説とは一体何なのかを解説していきます。
光合成生態系と化学合成生態系
私たちの知る一般的な生き物は、我々人間も含めて「光合成生態系」という生態系に属しています。これは太陽エネルギーによる光合成を行う植物を、生態ピラミッドの土台すなわち「生産者」とするものです。
一方で太陽の光の届かない深海では、地球内部から噴出する化学物質をエネルギー源として有機物をつくる化学合成微生物が、この生産者となります。地上や浅海とは生態系を維持する根本的なエネルギーの出処が異なっているわけですね。
熱水噴出孔は深海のオアシス
つまり深海で生物が生きていくには、化学合成微生物が活動するための、地球内部から噴出する化学物質が必要なのです。この化学物質が豊富な場所として、「熱水噴出孔」があります。
熱水噴出孔は地熱で熱せられた水が噴出する割れ目のことで、ここから放出される数百度の熱水は、硫化水素や重金属など、化学合成微生物のエネルギー元となる化学物質を豊富に含んでいます。このため熱水噴出孔の周辺には、豊かな化学合成生態系が築かれるのです。
深海生物の中には、この熱水噴出孔周辺のみにて生息する生き物もいます(熱水/湧水生物群集)。ここで注目すべきは、数百〜数千キロも離れた熱水噴出孔においても、類似した種類の生物が発見される点です。熱水噴出孔周辺でしか生きられないはずのこれらの生物は、一体どうやって数千キロも移動したのでしょうか。
「鯨骨生物群集」が熱水噴出孔を繋ぐという「飛び石仮説」
この遠く離れた熱水噴出孔を繋ぐ存在の、一つの可能性として考えられていたのが「鯨骨生物群集」です。クジラなどの大型海生哺乳類の遺骸は、脂肪が分解される過程でメタンや硫化水素といった化学合成微生物が活動するための物質を発生させます。つまり、化学合成生態系が構成されるのに適した環境となり、ここに構成されるのが鯨骨生物群集というわけです。
この鯨骨生物群集が、遠く離れた熱水噴出孔どうしの間を繋ぐ「飛び石」のような役割を果たし、深海生物の移動を助けたため、数千キロもはなれた熱水噴出孔にも類似した種類の生物が生息している、と考えるのが飛び石仮説です。クジラという1つの生物が、地球規模の生物分布に大きな影響を与えているというのは、とても面白い考えですね。
しかし鯨骨生物群集はこれまで7例しか発見されておらず、飛び石仮説が正しいのかについては十分な検証を行うことが出来ませんでした。また、これまでの発見では鯨骨と熱水噴出孔で共通して存在する生物種が少なかったため、深海生物の拡散は飛び石仮説によるものではなく、プレート移動のような地殻運動によるものではないかという考えもありました。
飛び石仮説を支持するしんかい6500の発見
しかし、今回しんかい6500による調査により南大西洋ブラジル沖サンパウロ海嶺で発見された、世界で8例目の自然死による鯨骨生物群集により新たな知見が得られました。この鯨骨生物群集からは、これまでに見つかっていた北東太平洋カリフォルニア沖の鯨骨生物群集や熱水/湧水生物群集と似た種類の生物が発見されたのです。
南大西洋と北東太平洋という遠く離れた場所で、鯨骨生物群集と熱水/湧水生物群集の間で、類似した生物種が発見されたということは、飛び石仮説を支持する一つの新たな「裏付け」が得られたということになります。しんかい6500の発見が持つ、学術的な価値が分かってもらえたでしょうか。
今後のさらなる調査に期待したい
もちろんしんかい6500を使った海洋研究開発機構の研究はここで終わりではありません。現状の鯨骨生物群集は大部分が北東太平洋から発見されているため、しんかいの調査が遅れている南半球での調査活動を増やしていくとのことです。また、自然発生的な鯨骨生物群集を探すだけでなく、岸に打ち上げられたクジラの遺骸を人工的にいろいろな海域に設置することで、鯨骨生物群集の成立過程の調査なども行われる予定です。
JAMSTECとしんかい6500の今後のさらなる活躍に、目が離せませんね!
参考文献
今回の記事の執筆にあたり、海洋研究開発機構のプレスリリースと論文を参考にさせていただきました。更に詳しく知りたい人は、ぜひリファレンスにも直接あたってみてくださいね。
参考プレスリリース<海洋研究開発機構
参考Deep-sea whale fall fauna from the Atlantic resembles that of the Pacific Ocean : Scientific Reports
深海にはまだまだ人類の知らない秘密がいっぱい眠っています。これからどんな事実が明らかになっていくのか、楽しみですね。しんかい6500もカッコいいし、いつか直接見てみたいなー!